滑稽俳壇 2024年10号 八木健 選
四月号から「微苦笑俳壇」は、「滑稽俳壇」に名称が変わっています。 ◆滑稽俳壇は今号より二十一年目に入りました! ●特選 複眼を打つ複眼の蠅叩き /柳 紅生 滑稽俳句の要諦は読者を驚愕せしむることにある。驚愕は奇想天外に起因するものなり。人間の眼は複眼ではないが、蠅を追う時の眼は普段はしない動きになる。複眼になった気分だ。擬人化ならぬ擬蠅化である。 秋簾たくし上げたる好奇心 /柏原才子 のれんや簾などに隠されているもの、覆われているものは、払いのけて覗いてみたくなるのが人間の心理。秋簾の上品な季語に、「たくし上げる」という俗っぽい表現で滑稽句になった。言葉の選び方が上手いね。 ベルサイユ宮殿を出て大くさめ / 福沢義男 美術館や博物館では、観覧者の会話や靴音も気になるもの。宮殿内には「咳、くしゃみ、放屁を禁ず」という注意書きがあったに違いない。日本人らしい生真面目さで我慢したのだ。我慢した分、大きくなった。 ●秀逸
環状線お城が回る夏景色 炎天を生涯知らぬ深海魚 背泳ぎの選手にもある肩の凝り とりあへずと言ひつつずつとビール飲む つかの間の痛み止めなり大花火 走馬燈とめても馬は走るまま もろこしや髭の数とは粒の数 法師蟬筑紫恋しと繰り返す
髙田敏男 龍野ひろし 内野 悠 森 一平 久松久子 藤森荘吉 川口八重子 菱沼惣一郎
美しき砂の器や蟻地獄 プーチンの銃ゼレンスキーのばったんこ BGMは生の蜩露天の湯 外出の吾を狙い打つ大夕立 後ろより見らるるはいや薄衣 風鈴の貸し切りとなり四畳半 うな丼のお運びさんはロボットで 背なの子は眠り蛍を見ず仕舞ひ 野菜ぢやなくて果物と言ふトマト 顔に汗かけぬ職業女優とは
白井道義 椋本望生 米田正弘 田中裕女 田坂武夫 稲葉純子 碓井遊子 平野暢行 金子未完 村越 縁
言ふまでもなく飲み会のこと暑気払ひ 定年後ずつと不愉快夏のボーナス ぶつかつてから知る背泳ぎのゴール どの尻も黒くて立派働き蟻 演出か甚平の手に渋団扇
喫茶店は避難所となり猛暑の日 すててこをリラコと呼んで町歩く 音は若いね風鈴古びても 泣いた子が笑つたやうに夕立止む ついて来い上から目線の道をしへ
森林浴したい気持ちが森林欲 片蔭を渡り歩いて猛暑の日 日焼けより焦げると言ひたき猛暑かな 先頭が止まれば止まり蟻の列 息絶えてなほも岩魚の顎威張る